
動物福祉:カニは痛みを感じるのか?
最近、オープンアクセス学術誌『Biology』に発表された研究では、カニの痛みの感覚について詳しく調査されました。カニは科学実験や食品産業で広く使用されており、この研究は今後の研究や食産業に影響を与える可能性があります。本記事では、この重要な研究について詳しく紹介します。
動物の感覚への理解
動物の感覚とは、痛みや苦しみを感じる能力、そして快・不快の感情を持つ能力を指します。かつては、動物が人間のように感覚を持つという考えは科学者の間でも議論の的でした。しかし、1800年代にはすでに「動物は痛みを感じるのではないか」と疑問を持つ研究者が現れていました。
その一人がマーシャル・ホール(Marshall Hall)であり、彼は1831年に発表した『血液循環に関する実験的および批判的エッセイ』の序文で、倫理的な実験の必要性について言及しました。彼は、以下の5つの原則を提唱しました。
- 観察によって得られる情報は、実験ではなく観察を用いること。
- 明確な目的を持たない実験は行わないこと。
- 不必要な実験の繰り返しを避けること。
- 動物への苦痛を最小限に抑えること。
- 実験結果を正確に観察し、再実験を避けるための措置を講じること。
3R原則:代替、削減、改善
マーシャル・ホールの提唱した原則は、動物福祉の意識を高めるきっかけとなり、現在の研究指針にも影響を与えました。その後、1959年に「3R原則(Replacement, Reduction, Refinement)」が制定されました。
- 代替(Replacement): 感覚を持つ動物を使用せず、代替できる方法を採用する。
- 削減(Reduction): 必要最小限の動物数で、目的を達成する。
- 改善(Refinement): 動物の苦痛を減らし、福祉を向上させる。
この3R原則は現在でも動物実験の指針として広く活用されています。
現在の動物福祉
3R原則の導入以降、動物福祉は大きく改善されました。欧州連合(EU)は1974年から動物福祉に関する法律を整備しており、アメリカでも1966年に動物福祉法(Animal Welfare Act)が制定され、その後も改正が続いています。
しかし、すべての動物が保護されているわけではありません。たとえば、EUの法律(European Directive 2010/63/EU)では、エビやカニなどの十脚目が感覚を持つ動物として認められていません。このため、スウェーデンとポルトガルの研究者たちは、十脚目の痛覚受容体について調査を行いました。
十脚目と動物福祉
十脚目には、カニ、エビ、ザリガニ、ロブスターなど約8000種が含まれます。これらは科学実験や食品として広く利用されています。しかし、EUの現行法では、十脚目に対する最低限の飼育基準すら定められていません。
欧州議会では、動物輸送時の保護を強化する新しい法案を審議中です。現在、十脚目の多くは脊椎動物では考えられない方法で処理されています。例えば、一般的に用いられている殺処理方法が、実は苦痛を長引かせる可能性があることが明らかになっています。
「今後もエビやカニを食べるのであれば、より苦痛の少ない方法を見つける必要があります。なぜなら、科学的証拠が示すように、彼らは痛みを感じ、それに反応するからです。」 — Dr. Lynne Sneddon(論文著者)
カニの痛覚受容体の分析
痛覚受容体(ノシセプター)は、組織の損傷を感知し、痛みとして脳に伝える神経末端です。今回の研究では、ショアクラブのノシセプターの有無を調査するため、以下の2つの刺激を用いました。
- 機械的刺激: フォン・フレイ毛(von Frey hairs)という器具を使用し、カニの触覚や痛覚を評価。
- 化学的刺激: 酢酸(0.1%、0.5%、1%、5%)をカニの軟組織に塗布し、脳の反応を測定。
さらに、脳波測定を行い、痛覚の信号を確認しました。その結果、カニの体の32か所でノシセプターの反応が確認されました。また、機械的刺激と化学的刺激の反応に違いがあり、化学的刺激の方が長時間にわたる反応を示しました。
「私たちは、カニの軟組織に痛覚受容体が存在することを確認しました。実験では、酢酸を塗布した際に脳の活動が増加することを観察しました。また、圧力をかけた際にも同様の反応が確認されました。」 — Eleftherios Kasiouras(論文著者)
まとめ
この研究は、カニやその他の甲殻類の痛みの認識に関する重要な情報を提供しました。今後の研究を通じて、甲殻類の福祉を改善するための法律や規制の見直しが進む可能性があります。
※本記事はMDPIの英語ブログを元に作成したものです。元記事はこちら。