
新型コロナウイルスはどのようにして脳に到達するのか?
2024年、米国のJonathan D. Joyceらの研究グループは、学術誌『International Journal of Molecular Sciences』にて、「SARS-CoV-2 Rapidly Infects Peripheral Sensory and Autonomic Neurons, Contributing to Central Nervous System Neuroinvasion before Viremia」という論文を発表しました。
本研究は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)がどのようにして中枢神経系(CNS)に到達するのかという重要な問いに対して、「末梢神経を介した経路」という新たな可能性を提示しています。
背景:ウイルスと神経系
SARS-CoV-2は主に呼吸器感染症の原因ウイルスとして知られていますが、感染者においては嗅覚・味覚障害、頭痛、注意力の低下などの神経症状が数多く報告されてきました。
こうした症状は、ウイルスが中枢神経系(CNS)に何らかの影響を及ぼしている可能性を示唆していますが、その侵入経路は明確ではありませんでした。
これまでの仮説では、ウイルスが血流を通じて脳に到達する「血液脳関門(BBB)を介した侵入」が主に想定されていました。しかし、本研究はこれとは異なる「神経経路を介した侵入」の可能性を示しています。
研究の目的と方法
本研究では、以下の2つの実験モデルを用いて、SARS-CoV-2が神経細胞に感染し、中枢神経系へと到達する過程を検証しました。
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シリアンハムスター(動物モデル)
COVID-19の病態を再現可能なモデル動物。 -
ヒトiPSC由来の神経細胞(in vitroモデル)
試験管内で分化させたヒトの感覚および自律神経様細胞。
これらを用いて、ウイルスの感染部位、時間経過、感染の広がり方を詳細に追跡しました。
主な研究成果
1. ウイルスは末梢神経に迅速に感染する
感染後、まず背根神経節(dorsal root ganglia)および交感神経節(sympathetic ganglia)といった末梢神経の中枢にウイルスが検出されました。これらの神経は、感覚・自律制御に関与し、中枢神経と直接接続しています。
2. 感染はウイルス血症に先行する
一般に、ウイルスが脳に到達するには血流を介すると考えられていましたが、研究では血液中にウイルスが検出される前に神経系への感染が始まっていることが示されました。これは、ウイルスが血液を通さず神経から直接脳に侵入する可能性を示しています。
3. ヒト由来神経細胞でも感染・増殖を確認
試験管内のiPSC由来ヒト神経細胞にSARS-CoV-2を感染させた結果、ウイルスは細胞内で活発に複製され、細胞間にも広がることが観察されました。これにより、ヒトの神経細胞が感染対象となりうることが実証されました。
結論
SARS-CoV-2は、末梢の感覚および自律神経ニューロンに速やかに感染し、それを経路として中枢神経系へと侵入しうることが明らかとなりました。これは、これまで主に想定されていた血液脳関門を介した侵入とは異なる新しいメカニズムであり、COVID-19による神経症状の原因解明および今後の神経感染症研究の重要な突破口となる可能性があります。
論文情報
タイトル:SARS-CoV-2 Rapidly Infects Peripheral Sensory and Autonomic Neurons, Contributing to Central Nervous System Neuroinvasion before Viremia
著者:Jonathan D. Joyce et al.
掲載誌:International Journal of Molecular Sciences, 2024年, Vol. 25, Issue 15, Article 8245
論文を読む(英語)
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