生物のかたちはDNAだけでは決まらない

私たちの体の形は遺伝子によってプログラムされている――そう考えるのが自然です。しかし、再生能力の高い生物であるプラナリアにおいて、「遺伝子は変わらなくても形が変わる」という現象が確認されました。

学術誌『International Journal of Molecular Sciences』に発表されたEmmons-Bellらの論文では、細胞間の電気的な情報伝達を遮断するだけで、異なる種のような頭部が再生されることが報告されています。


背景

プラナリア(扁形動物)は、頭部を含む身体のどの部位を切断しても、完全な個体として再生する能力を持つことで知られています。その再生は、これまで主に遺伝子と幹細胞の働きによって制御されていると考えられてきました。

一方で、近年注目されているのが「バイオエレクトリック信号(細胞間の電気的ネットワーク)」の役割です。細胞同士はイオンチャネルやギャップジャンクションを介して電気的なやり取りを行っており、これが形態の決定にも関与している可能性が示唆されています。


研究の目的と方法

本研究の目的は、細胞間の電気的情報伝達が形態形成にどのような影響を及ぼすかを明らかにすることです。

研究チームは、以下の手順で実験を行いました:

  • 対象:Girardia dorotocephala(遺伝的に均一なプラナリア種)

  • 手法:

    1. プラナリアの頭部を切除

    2. ギャップジャンクション阻害剤(8-ヒドロキシキノリン:8-OH)に一定時間さらす

    3. 通常の条件下で再生させ、再生された頭部の形態を観察・分類

  • 観察項目:目の配置、頭の形、幅など


主な研究成果

1. 異種に似た頭部が再生された

ギャップジャンクション阻害処理後に再生されたプラナリアの頭部は、遺伝的には同一であるにもかかわらず、他の4種類のプラナリア種の特徴を示す形態を持っていました。

2. 頭部形態の変化は確率的(ランダム)だった

再生される形態には一定の傾向がなく、同一条件下でも個体ごとに異なる形態が出現。これは、形態形成における非決定論的(stochastic)プロセスの存在を示唆します。

3. 再生された形態は安定して維持された

一度“変異的な頭部”を再生した個体は、再び切断しても同じ異種型の頭部を再生しました。これは、細胞間の電気的状態が形態情報として記憶されている可能性を示しています。


結論

本研究は、プラナリアの頭部再生において、遺伝子情報だけではなく、細胞間のバイオエレクトリックネットワークが重要な指令系として働いていることを明らかにしました。
さらに、このネットワークの一時的な遮断が別の種のような形”を誘導しうるという事実は、形態形成や進化の理解に新たな視点を提供すると考えられます。


論文情報
タイトルGap Junctional Blockade Stochastically Induces Different Species-Specific Head Anatomies in Genetically Wild-Type Girardia dorotocephala Flatworms
著者:Emmons-Bell M, Durant F, Hammelman J, et al.
掲載誌:International Journal of Molecular Sciences, 2015年, Vol. 16, Issue 11, pp. 26065–26088
論文を読む(英語)


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By MDPI|April 10, 2025