
AIは私たちの「考える力」を奪うのか?
生成AIやスマートアシスタントの普及により、私たちはこれまで以上に「考えること」をAIに任せるようになっています。
2024年にMichael Gerlich氏が発表した論文「AI Tools and Society: Impacts of Cognitive Offloading and the Future of Critical Thinking」は、AIツールの利用と人間の思考能力の関係性を検証した調査研究です。
背景
私たちの日常生活では、Google検索、翻訳アプリ、リマインダー、ナビゲーション、さらにはChatGPTのような文章生成まで、多様なAIツールが活用されています。
こうしたツールによって、私たちは情報収集や問題解決を「自分で考える」ことなく、外部のシステムに依存している状態になります。これを心理学では「認知的オフローディング(Cognitive Offloading)」と呼びます。
一方で、現代社会では情報を取捨選択し、疑い、論理的に判断する「批判的思考(Critical Thinking)」の重要性がますます高まっています。この2つの間に矛盾やトレードオフはあるのでしょうか?
研究の目的と方法
本研究の目的は、次の3点を明らかにすることでした:
-
AIツールの使用頻度と批判的思考能力の相関
-
認知的オフローディングがこの関係に与える影響(媒介要因)
-
年齢、教育水準などの属性が関係にどう関わるか
調査の概要:
-
対象者数:666名(ドイツ在住の成人)
-
方法:
-
オンラインアンケートによる自己申告形式のデータ収集
-
批判的思考のスコアは認知的推論テストで評価
-
回帰分析および媒介分析による統計的検証
-
主な研究成果
① AIツール使用頻度が高い人ほど批判的思考スコアは低かった
特に日常的にAIに頼っている人々は、情報を深く吟味する能力(分析的推論能力)が有意に低い傾向を示しました。
② 認知的オフローディングが批判的思考力の低下を媒介していた
「AIに任せること」が思考の主体性を損ない、結果として自分で考える力が弱まるという因果的メカニズムが示唆されました。
③ 年齢・教育水準による違いも顕著
若年層ほどAI使用頻度が高く、批判的思考スコアは低下していました。一方で、教育水準が高いほど、AI使用があっても批判的思考力を維持する傾向が見られました
結論
本研究は、AIツールが私たちの「考える力」に影響を与えていることを示唆しました。
AIの利便性を享受しながら、「自分で考える力」をどう守るか?という問いが、これからの教育・社会設計において不可欠となることを本論文は示しています。
論文情報
タイトル:AI Tools and Society: Impacts of Cognitive Offloading and the Future of Critical Thinking
著者:Michael Gerlich
掲載誌:Societies, 2024年, Vol. 15, Issue 1, Article 6
論文を読む(英語)