
臓器移植で性格は変わるのか
臓器移植を受けた一部の患者では、移植後に「性格の変化を感じる」というケースが報告されています。特に心臓移植後の性格変化については多くの報告がありますが、これらの大部分は定性的であり、客観的なデータに基づく研究は非常に限られていました。
2024年に学術誌『Transplantology』に掲載された論文「Personality Changes Associated with Organ Transplants」では、この臓器移植に伴う性格変化について定量的に検討しています。
研究の目的と方法
研究の目的は以下の2点です:
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臓器移植を受けた人々において、どの程度の割合で性格変化が報告されているのかを把握する
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心臓移植と他の臓器移植(腎臓・肺・肝臓など)で報告される性格変化の違いを比較する
研究デザイン
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調査対象:米国在住の臓器移植経験者47名(心臓移植23名、他の臓器移植24名)
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調査方法:2022年にFacebookなどのサポートグループを通じて参加者を募集し、匿名のオンライン調査を実施
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質問内容:性格の変化に関する16種類の項目(感情、気質、食の好み、音楽嗜好、宗教観など)と自由記述欄
結果
1. 性格変化の頻度
全体の89.3%の移植経験者が、移植後に性格の変化を感じたと回答しました。また、心臓移植群と他の臓器移植群の間でこの割合に有意差は見られませんでした。
2. 身体的特性の変化
身体的特性の変化の割合は、心臓移植群で有意に高いという結果でした。これは、心拍出量の向上により、運動耐性や活動性が向上した可能性が考えられます。
なぜ性格が変化するのか?
臓器移植後に報告される性格変化について、明確な因果関係はまだ特定されていないものの、論文内では複数の仮説が紹介されています。これらの仮説は大きく分けて心理的要因、 生化学的要因、電気的・エネルギー的要因の3つに分類されています。
1. 心理的要因
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防衛機制としての性格変化:大手術に伴う不安やストレスに対処するために、無意識的に性格が変化する。
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魔術的思考(magical thinking)や類比的思考(analogy thinking):移植後の自分を「自分+ドナーの混合体」とみなす思考により、ドナーの特徴が自分にも表れると信じることが性格変化として認識される。
2. 生化学的要因
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エングラム(engrams)説:ドナーの脳内で形成された記憶痕跡(エングラム)が、エクソソーム(細胞由来の微小な輸送構造)を通じて受容者の脳に運ばれる可能性。
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細胞記憶(cellular memory)説:細胞レベルで保持される記憶や情報がドナーから受容者に移行する可能性。エピジェネティック記憶、DNA記憶、RNA記憶、タンパク質記憶など。
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心臓神経系(intracardiac nervous system)を介した情報転送:心臓内には独自の神経ネットワーク(“心臓の脳”)が存在し、この神経系は脳と同様の神経伝達物質を使用して情報を保持している。移植時にこの神経系も一緒に移植されることで、ドナーの性格情報が受容者に伝達される可能性。
3. 電磁的・エネルギー的要因
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心臓の電磁場による情報伝達:心臓は体内で最大の電磁場を生成する。ドナーの性格に関する情報が心臓の電磁場内に保存され、心臓とともに移植されることで、受容者の性格に変化が生じるという仮説。
結論
本研究は、臓器移植後に一部の患者に性格変化が起こるという先行研究の知見を補完するものです。また、心臓以外の臓器の移植患者も心臓移植患者と同様に性格変化を経験する可能性があることを示し、これらの先行研究を発展させました。
論文情報
タイトル:Personality Changes Associated with Organ Transplants
著者:C. S. Wilke, C. Andert, M. Lenggenhager
掲載誌:Transplantology, 2024年, Vol. 5, Issue 1, Article 2
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