
5月のトップピック論文:人に幸せをもたらすものは何なのか?日本人のウェルビーイングを多角的に解き明かす
この記事では、2025年5月にMDPIのジャーナルで公開された数多くの論文の中から注目の研究をピックアップしてご紹介します。今回のトップピックは、東京大学・工藤泰幸先生らによる論文『Multidimensional Analysis of Well-Being Domains in Japan: Fulfillment, Importance, and Contribution to Overall Well-Being』です。
日本はGDP世界第4位の経済大国でありながら、世界幸福度ランキングでは51位と先進国の中では異例の低さとなっています。本研究は、日本におけるウェルビーイングを向上させる政策立案に貢献するため、新しい多次元的なウェルビーイングの評価フレームワークを提案しています。
【筆頭著者・工藤先生のコメント】
本研究では、日本人におけるウェルビーイングの領域について、充足度、主観的な重要性、そして実際のウェルビーイングへの貢献度という3つの視点から多角的に評価を行いました。 |
ウェルビーイングの多様性と測定の課題
従来のウェルビーイング測定および政策アプローチでは、個人の満足度、すなわち「充足度」に重点が置かれることが一般的でした。しかし、このように単一の次元に依拠することには潜在的なリスクが指摘されています。例えば、人々が「重要である」と認識するドメイン(重要度)は、政策的な支持を得やすい一方で、それが必ずしも「全体的ウェルビーイングに実質的に貢献する」ドメイン(貢献度)と一致しない可能性があり、資源の不適切な配分につながるリスクをはらんでいます。
本研究は、これらのリスクを軽減し、より効果的かつ持続可能なウェルビーイング向上を実現するために、充足度、重要度、貢献度の3次元全てを総合的に評価することの重要性を強調しています。
•充足度:現在の状況や満足度を把握し、過度な資源投入を防ぎます。
•重要度:市民の支持を得る上で重要であり、政策の受容性を示します。
•貢献度:実際に全体的ウェルビーイング向上に与える影響力を示し、資源配分の優先順位付けに資します。
日本人のウェルビーイングを構成する要素とは?
本研究では、1394人の日本人成人を対象としたオンライン調査を実施し、広く利用されているLiveable Well-Being City指標®の24領域(46項目)について多次元的評価を行いました。
・充足度
「生活環境」に関連する項目が最も高く評価されました。これは、日本の充実した生活インフラと長期的な政策努力が反映されていると考えられます。
・重要度
「自己実現」または「生活環境」に関連する項目が最も重要であると認識されました。これらは生活の基本的な側面として優先されることが示唆されます。一方で、「コミュニティ関係」の重要度は比較的低い傾向にありました。これは、Liveable Well-Being City指標®が家族や友人といった密接な関係を直接測定していないことや、日本における地域社会の結びつきの希薄化が影響している可能性があります。
・貢献度
「コミュニティ関係」や「自己実現」に関連する項目は、全体的なウェルビーイングへの貢献度が高い傾向にありましたが、統計的に有意な差は認められませんでした。しかし、個別の項目では「自己効力感」「健康状態」「文化・芸術」といった自己実現に関連する項目や、「コミュニティとのつながり」といったコミュニティ関係の項目が、全体的なウェルビーイングに高く貢献していることが示されました。
「重要だと思うこと」と「実際にウェルビーイングに貢献していること」の乖離
充足度と重要度の間には相関が見られましたが、貢献度と充足度、および貢献度と重要度の間には有意な相関は見られませんでした。この不一致は、人々が「重要だと認識していること」と「実際にウェルビーイングに貢献すること」の間に乖離があることを示唆しています。特に「コミュニティ関係」は、重要度が低いにもかかわらず、全体的なウェルビーイングへの貢献度が比較的高いという不一致が確認されました。また、コミュニティ関係の重要度は、年齢や収入といった人口統計学的変数よりも、個人のウェルビーイングとより強く関連していることが明らかになりました。これは、ウェルビーイングが高い個人ほど積極的な人間関係を築き、それがさらにウェルビーイングを高めるという相互強化の関係を示唆しています。
この研究結果は、政策立案や都市開発において、これら3つの評価次元を統合することの重要性を強調しています。特に、「コミュニティ関係」の意識的な改善を目的とした介入は、ウェルビーイング向上に効果的であると提言されています。具体的には、地域住民の意識を高める活動、交流を促す場の創出、互助の機会提供などが挙げられます。
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論文情報
Kudo, Y., Tomabechi, T., Shimizu, Y., Fukuyama, S., Igeta, Y., Ohtaka, M., Hashimoto, T., & Karasawa, K. (2025). Multidimensional Analysis of Well-Being Domains in Japan: Fulfillment, Importance, and Contribution to Overall Well-Being. Urban Sci., 9(5), 155. [https://www.mdpi.com/2413-8851/9/5/155]