次世代オルガノイドは本物の臓器にさらに近づく:ハンス・クレヴァース教授へのインタビュー

オルガノイドは、幹細胞から作製される「ミニ臓器」であり、再生医療や創薬の未来を切り開く革新的な技術です。この急成長分野に特化したジャーナルが、MDPIのOrganoids誌です。

Organoids誌は、腸幹細胞からのオルガノイド開発という先駆的研究で世界的に知られるハンス・クレヴァース教授をアドバイザリーボードメンバーに迎えています。今回は、クレヴァース教授に、オルガノイド研究の現在地と未来、そしてOrganoids誌の今後について伺いました。

ハンス・クレヴァース教授

1985年にユトレヒト大学にて博士号を取得、これまでにクラリベイト引用栄誉賞、ペツコラー財団・AACR国際賞、慶應医学賞など、数多くの科学賞を受賞。現在は、オランダ・ユトレヒトのフーブレヒト研究所でアドバイザー兼客員研究者を務める一方、スイス・バーゼルにあるロシュ社の製薬研究開発部門(pRED)の責任者も兼任。800報を超える査読付き科学論文を発表。主な研究対象はオルガノイド、幹細胞、分子遺伝学。
 

MDPIでオルガノイド研究に特化したジャーナルに関わるようになったきっかけは何でしょうか?

クレヴァース教授:
現在、オルガノイドを作製する方法には2種類あります。1つは多能性幹細胞(iPS細胞やES細胞)から始める方法で、これは発生生物学の原理を使って臓器様構造を構築します。もう1つは、私たちが開発した方法で、子どもや成人の既存の組織に由来する幹細胞、つまり成人幹細胞(組織幹細胞)を使います。この技術は、私たちが腸幹細胞を発見し、それを「ミニ腸」へと変換することに成功したときに始まりました。約15年間オルガノイドの研究に取り組んできたため、この分野に特化したジャーナルに関わるのは自然な流れでした。また、もう1つの理由として、私たちは研究成果をオープンアクセスのジャーナルにのみ発表する方針を採っているからです。

現在、どのような種類の成人幹細胞を用いてオルガノイドを作製していますか?

クレヴァース教授:
最初は腸幹細胞から始めました。これに適した成長因子のカクテルを見つけた後、他のさまざまな組織にも応用しました。最近では結膜オルガノイドに関する論文を発表し、涙腺、膵臓、肝臓にも応用しています。現在は肺や気道のオルガノイドにも積極的に取り組んでいます。

今後、Organoids誌が注力すべきテーマは何だとお考えですか?

クレヴァース教授:
成人幹細胞由来オルガノイドの分野には、無数の可能性があります。例えば、上皮の生理機能(上皮間輸送、ホルモン分泌、涙や消化酵素などの腺分泌産物など)に関する研究があります。また、がんの特性や、感染症研究へのヒトオルガノイドの応用もあります。さらに新しい分野としては、免疫細胞や神経細胞との相互作用の研究も期待されています。

オルガノイド分野の黎明期から重要な役割を果たしてこられましたが、これまでの中で最も重要な発展や論文、驚いた点について教えてください。

クレヴァース教授:
最初の驚きは、成人組織を培養できた時です。当時、これはほんの一部の組織(ハワード・グリーン先生の表皮培養など)でしか実現されておらず、多くの人が、ほとんどの一次組織は培養不可能であり、培養できるのはがん組織だけだと考えていました。次の驚きは、佐藤俊朗先生が腸幹細胞から作ったオルガノイドが、正常な腸上皮を形成していたことです。iPS細胞を用いていた研究者たちも、発生過程をここまで正確に再現できるとは思っていなかったと思います。そして、さらに驚いたのは、胚様構造を幹細胞から作成できるようになったことです。今後はさらに複雑で実際の臓器に近いオルガノイドが登場すると思います。

オルガノイド研究は成熟期に入り、創薬や個別化医療への応用が進んでいます。すでに実用化されている例や、今後重要になる応用例を教えてください。

クレヴァース教授:
臨床応用の1つは、移植です。日本では渡辺守先生のグループが炎症性腸疾患の治療で既に進めており、オランダではRob Coppes先生のチームがドライマウス患者への唾液腺移植を行っています。創薬プロセス全体において、ヒトオルガノイドは幅広く利用できます。疾患モデルによるスクリーニング、安全性・毒性試験、そして個別化医療のために患者から細胞を採取するアプローチも含まれます。嚢胞性線維症では、シンプルなオルガノイドベースのテストが既に確立されています。がん組織由来のオルガノイドも、個別化医療のための重要なツールになると考えています。

バイオファブリケーション(生体組織構築)も急速に発展していますが、オルガノイドとの連携は可能でしょうか?

クレヴァース教授:
バイオファブリケーションを進めるには、材料科学者や工学者が、組織がどのように形成されるかを理解している生物学者と協力することが必要です。多くの国ではこの2分野は別々の大学にありますが、これを統合しようという動きも一部にはあり、それは非常に重要な取り組みです。in vitroで臓器を作るには、この統合が不可欠です。

近年注目を集めているオルガノイド・インテリジェンス(神経オルガノイドとAIやコンピュータの接続)についてはどうお考えですか?

クレヴァース教授:
オルガノイドをチップに組み込んで計算に使おうというアイデアはあります。すでにヒト脳オルガノイドをマウス脳に移植し、行動に影響を与えたという報告もあります。ただし、現時点では、生物学的な「脳」とAIチップを再現可能かつ有意義に統合するには、まだかなり遠い段階にあると思います。人々はこの可能性に夢を見ていますが、現状ではまだSFの世界の話でしょう。

胚様構造の作成には倫理・法律面の問題があると思います。立法はこの進展に追いついていると思いますか?

クレヴァース教授:
幹細胞と胚研究は、科学の中でも最も倫理的議論が多い分野です。ISSCR(国際幹細胞学会)やその倫理学者たちは、新技術が登場するとすぐに対応しています。通常は、科学者と倫理学者の協力のもと、ガイドラインが作られ、そこに安全性や倫理的妥当性が反映されます。その後、技術の成熟に伴って国際的・国内的な法律が整備されていきます。胚様構造の急速な発展は、幹細胞・胚研究の既存の規制に加え、新たなガイドラインの整備を促すことになるでしょう。

本記事は、Organoids誌編集チームによる英語記事を翻訳したものです。原文はhttps://www.mdpi.com/2674-1172/3/1/3にて CC BY 4.0 ライセンスのもと公開されています。