
夢の中の感覚体験を探る
夢の中で、味や匂い、触感を感じたことはあるでしょうか。
多くの人は夢を「映像体験」として捉えているかもしれませんが、人によってさまざまな感覚が夢に現れていることが知られています。
MDPIのジャーナル『Brain Sciences』に掲載されたアムステルダム大学の研究者らによる論文は、夢の中で人がどのような感覚を体験しているかを大規模調査によって明らかにしました。
夢と感覚の関係
私たちが日常生活で受け取る情報の大半は視覚や聴覚といった感覚を通じています。しかし、夢の研究では「どの感覚がどの程度現れるか」という点が十分に検証されてきませんでした。従来の研究の多くは「夢の自由記述報告」を基に感覚体験を推定しており、本人が意識的に触れなかった感覚は記録されないまま見落とされてきた可能性があります。
本研究では、感覚体験を直接問う形式の「夢日記」を開発し、参加者に毎朝記録してもらうという方法を導入しました。参加者は7日間にわたり、朝起きた直後に夢の有無と内容、そこに登場した感覚(視覚・聴覚・触覚・嗅覚・味覚)を記録しました。合計で3476件の夢日記が収集されました。
もっとも多い感覚は視覚
結果として、最も多く報告された感覚は視覚(51.7%) でした。次いで 聴覚(39.4%)、触覚(18.2%) が続き、嗅覚(2.6%) と 味覚(2.6%) は少数派でした。夢は一般的に「見る・聞く・触れる」体験に偏っており、匂いや味が登場するのは稀だと言えます。
興味深いのは、夢の多くで複数の感覚が組み合わされていたことです。視覚と聴覚を同時に伴う夢は全体の40%、さらに触覚も加わる夢は23.6%でした。夢はしばしば「複合的な感覚体験」として現れることが示されました。
ただし、すべての組み合わせが見られるわけではなく、嗅覚や味覚を含む夢は限定的であり、五感すべてが揃う夢は全体の0.9%でした。
感覚の豊かさと感情・記憶の関係
本研究ではさらに、感覚の「豊かさ(sensory richness)」と夢の感情や記憶との関係を解析しています。その結果、以下の知見が得られました。
・感覚が豊かな夢ほど感情が強い
夢に多くの感覚が含まれている場合、ポジティブ・ネガティブを問わず感情の強度が増すことが示されました。特にネガティブな夢ではその相関が強いことがわかりました。
・感覚が豊かな夢ほど記憶が鮮明
感覚が多様な夢は「思い出しやすい」と評価される傾向がありました。
・感情の種類と感覚の違い
ポジティブな夢では視覚・嗅覚・味覚がやや多く、ネガティブな夢では聴覚と触覚が多い傾向がありました。
まとめ
本研究により、夢は単なる映像の断片ではなく、複雑な感覚と感情が絡み合う「体験」である可能性が示唆されました。この知見は、夢を通じた記憶の統合や情動処理の理解を深めるだけでなく、将来的には睡眠の質改善や心理療法への応用にもつながる可能性があります。