November 8, 2025

宇宙の始まりはビッグバンだけでは説明できない─馬塲一晴先生インタビュー

かつて宇宙は「ビッグバンという爆発で始まり、その余波で減速膨張している」と考えられてきました。しかし近年の観測データは、それだけでは宇宙を説明しきれないことを示しています。

ビッグバンの前段に起こったかもしれない「インフレーション」という急激な膨張期間、現在の宇宙も減速ではなく加速膨張している可能性、それを支える正体不明のエネルギー(ダークエネルギー)など、現代宇宙論は様々な論点が複雑に絡み合っています。

今回は、MDPIのジャーナル『Universe』の編集委員であり、宇宙論の特集号「Universe: Feature Papers 2023—Cosmology」 のエディターも務められた馬塲一晴先生(福島大学教授)に、最新の理論と観測がどのように宇宙の姿を描き直しているのか、お話を伺いました。

ビッグバン以前の宇宙

──最新の宇宙論では、「宇宙の始まり」をどのように捉えているのでしょうか?

前提として、「宇宙は非常に高温・高密度の状態から膨張してできた」という熱的ビッグバン像自体は、理論と観測の両面で確立しています。この熱的ビッグバン像を土台にしつつ、その直前にほんの一瞬「インフレーション」という、非常に急速な加速膨張の時期が挿入される、というのが初期宇宙の標準的なシナリオです。

──なぜインフレーションという過程が必要なのでしょうか?ビッグバンだけでは不十分な理由を教えてください。

ビッグバン理論だけでは解けない問題点は複数ありますが、その代表例が「宇宙の温度はなぜこれほど一様なのか」という問題です。

私たちが観測できる最古の光は、宇宙誕生から約38万年後に放たれた「宇宙マイクロ波背景放射(CMB)」です。1989年に打ち上げられたNASAのCOBE衛星は、このCMBから宇宙の温度が2.725Kの熱平衡状態にあることを示しました。また、CMBの温度ゆらぎを全天で初めて精密に描き出し、ゆらぎの大きさが平均温度の10万分の1程度であることも示しました。つまり、宇宙の温度は非常に小さなゆらぎを持ちつつ、どの方向を見てもほぼ等しいということです。

COBE衛星による温度ゆらぎの全天マップ(画像:NASA

本来、因果関係が及ぶ連絡可能な距離は光が届く範囲に限られるので、理論的に宇宙の反対側どうしは情報をやり取りできないはずなのに、なぜこんなに温度が揃っているのかという疑問が生まれます。

そこで、もともと熱的に均一で因果があった領域を一気に引き伸ばす過程があったことを仮定すると、かなり離れた場所でも同じ温度であることが自然に説明できます。このインフレーション宇宙論は、東京大学名誉教授の佐藤勝彦先生らが提唱したもので、現在ほとんどの宇宙論研究者が支持しているシナリオです。

——インフレーションの駆動メカニズムについては、どのように考えられていますか?

様々なモデルが提案されていますが、例えば、観測と整合的とされているインフレーションモデルの一つに、「スタロビンスキーモデル」があります。これは、アインシュタインの一般相対性理論における重力理論を拡張することでインフレーションの駆動と終息を説明しています。

一般相対性理論では、3次元空間に時間の次元を加えた4次元の時空において、重力を時空の曲率(ゆがみ)Rで記述します。スタロビンスキーモデルでは、この理論を拡張し、曲率の2乗に比例するR²の項を追加しています。宇宙は初期ほどRが大きく、膨張するにつれてRは小さくなっていくため、R²項は初期に寄与が大きく加速膨張を説明し、膨張が進むにつれて効かなくなってくるというものです。

特集号にも、重力理論を拡張してインフレーションの駆動を考える論文が投稿されています。 こちらは、通常の4次元ではなく、5次元に宇宙を埋め込む幾何学を考えると、曲率に起因するエネルギー密度が自然に立ち上がり、インフレーションを駆動し得る、というアイデアです。

他にも、重力理論を拡張せずにインフレーションを説明しようとする方向性もあり、議論が続いています。

──特集号の中には、宇宙の始まりに関して「ビッグバウンス」という考え方の論文も投稿されています。 これはどのような理論でしょうか?

ビッグバウンスは、ある宇宙がいったん収縮し、極小まで圧縮されたのちに、跳ね返りのような「バウンス」を経て再び膨張するという描像です。このサイクルを繰り返すモデルは「サイクリック宇宙」と呼ばれています。特集号の論文は、計量的な手法を用いて、バウンスが確率的に起こりうることを示しています。

ただ、ビッグバウンスに関しては、現時点で観測と広く整合する具体的な理論が十分に揃っている段階ではないと思います。また、バウンス宇宙論やサイクリック宇宙論を検討している研究者が必ずしもインフレーション宇宙論を否定しているというわけではなく、「バウンスによって特異点を回避したうえで、最終的にインフレーションに接続する道筋」を探っているような研究も多いと思います。

──先生のお話から、インフレーション宇宙論が極めて有力であるとわかりましたが、より確定的に裏づけるには今後どのような観測が必要でしょうか?

インフレーション期には量子ゆらぎが生じ、時空の横波的なゆがみが原始重力波を生み出すと考えられています。インフレーションが実際に起きていれば、その痕跡はCMBの偏光、とくに渦状の「Bモード」として残るはずです。Bモードが検出されれば、インフレーションの時期やエネルギースケールを推定でき、理論検証は大きく前進します。日本でもJAXA主導の衛星LiteBIRDを中心に観測計画が進んでおり、KEKをはじめ国内外の研究者が連携するグローバルな取り組みです。これが実を結べば、インフレーション宇宙論の確証に近づき、ノーベル賞級の成果につながると考えられます。

現在の宇宙も加速膨張している

──現在の宇宙も加速的に膨張しているとされていますが、これはどのような理論で説明されるのでしょうか?

宇宙は物質で満たされており、互いに引力が働くため、膨張は減速するはずだというのが従来の見方でした。しかし、近年のIa型超新星の観測などによって、宇宙が加速的に膨張していることが確立されました。この現在の加速膨張の説明については、大きく分けて2パターンあります。

一つ目の考え方は、「ダークエネルギー」という未知のエネルギーが存在するというものです。通常、宇宙が膨張して体積が増えると物質の密度は下がりますが、加速膨張を引き起こすには「膨張しても密度が減らないエネルギー成分」が必要になります。そのため、そのようなエネルギーが存在するという前提で理論を組み立てる立場です。

二つ目の考え方は、そもそも宇宙のような超大域的スケールでは、重力理論が一般相対性理論からズレる可能性があるというものです。一般相対性理論は、太陽系のスケールでは極めて高い精度で検証されており、GPSの高精度動作など実用面でも正しさが確認されています。一方で、より大域的なスケールでは、観測データとつき合わせながらさらに拡張した理論を構築する必要があると考える立場です。

──重力理論の拡張は、初期宇宙におけるインフレーション理論の説明にも使われていましたが、関連するものなのでしょうか?

加速膨張のエネルギーをどう考えるかという問題は、初期宇宙にも現在の宇宙にも必要です。例えば、重力理論にR²の項を追加するとRが大きい初期での加速膨張を説明できますが、逆に、現在の宇宙に大きく寄与するような項を追加すると、今度は現在の膨張を説明できるようになります。初期宇宙で主役になる項、現在の宇宙で主役になる項が変わってくるような形で、両者を統一的に説明できる拡張重力理論が研究されています。

また、インフレーションのところで紹介した5次元時空におけるエネルギー密度を検証した特集号の論文 も、現在の宇宙の膨張と併せて統一的に説明しようと試みています。

──特集号には、ダークエネルギー寄りの論文と、理論の拡張寄りの論文のいずれも複数掲載されていると思います。先生としては、どちらの説がより有力だと思われますか?

非常に悩ましいです。現時点で「どのモデルが決定的に正しい」とは言い切れず、私自身も両方の可能性について並行して研究しています。

伝統的には、ダークエネルギーをアインシュタイン方程式に現れる「宇宙項」として説明する見方は堅実で、有望だと思います。ただ、宇宙項は時間に寄らない定数ですが、最近「DESI」というダークエネルギーの検証を目的とした分光装置によるサーベイで、「ダークエネルギーが時間とともに変化している可能性」も示唆されています。

様々な研究が出てきている状況ですので、まだ決着をつけられる段階ではなく、引き続き観測や検証が必要であると思います。

宇宙の終わり

──宇宙は今後どのように進化し、どのような最後を迎えるのでしょうか?

一般相対性理論の枠組みで考えると、宇宙の最後は空間の曲率によって決まります。曲率が正の宇宙では、未来において膨張がどこかで止まり、収縮へ転じていく「ビッグクランチ」が起きます。 一方で、曲率がゼロまたは負の場合、宇宙は膨張を続けます。一般相対性理論以外の拡張された重力理論では、未来の有限時間に特異点が現れ、時空が引き裂かれる「ビッグリップ」という可能性も指摘されています。

宇宙の空間曲率は、現在の観測ではほぼゼロであることが示唆されていますが、厳密な部分は未確定です。拡張重力理論の妥当性についても結論は出ておらず、宇宙の最終的な運命については今後の検証に委ねられています。

(聞き手・文:MDPI Japan 鈴木)


馬塲一晴(ばんば・かずはる)先生プロフィール
2001年に京都大学理学部卒業、2006年に大阪大学大学院で博士(理学)を取得。名古屋大学素粒子宇宙起源研究機構(KMI)基礎理論研究センター宇宙理論部門特任助教、お茶の水女子大学リーディング大学院推進センター特任講師を経て、現在は福島大学大学院共生システム理工学研究科教授。